日本史「軍部の台頭」二・二六事件D
◆問題
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1936年は、ワシントン・ロンドン両海軍軍縮条約が失効するため、陸海軍による帝国国防方針の改定に基づいて、広田内閣は「国策の基準」で、大陸における日本の地歩を確保し、南方へも進出する方針を決定した。外交ではドイツと提携を強めてソ連に対抗し、国内では軍備拡張計画が推進された。
軍と政党の双方からの反発を受けた広田内閣は1937年1月総辞職した。陸軍の穏健派宇垣一成が組閣を図ったが、陸軍が陸相を推挙しなかったため、宇垣は組閣を断念した。結局、陸軍大将の林銑十郎が組閣し(@)をはかったが、これも短命に終わった。同年6月、貴族院議長をつとめていた(A)が、第1次近衛内閣を組織した。
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日本史用語集 改訂版 A・B共用
◆解答
@軍財抱合、A近衛文麿
1936年は、ワシントン・ロンドン両海軍軍縮条約が失効するため、陸海軍による帝国国防方針の改定に基づいて、広田内閣は「国策の基準」で、大陸における日本の地歩を確保し、南方へも進出する方針を決定した。外交ではドイツと提携を強めてソ連に対抗し、国内では軍備拡張計画が推進された。
軍と政党の双方からの反発を受けた広田内閣は1937年1月総辞職した。陸軍の穏健派宇垣一成が組閣を図ったが、陸軍が陸相を推挙しなかったため、宇垣は組閣を断念した。結局、陸軍大将の林銑十郎が組閣し軍財抱合をはかったが、これも短命に終わった。同年6月、貴族院議長をつとめていた近衛文麿が、第1次近衛内閣を組織した。
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2024年01月19日
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